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2008/07/12

「好き」を仕事にするために知っておくべき5つのこと

ちょっと前に、某誌から「『好き』を仕事にする方法」みたいなテーマでインタビューの申込があった。日程が合わずにお流れになったのだが、少しは考えたりしたので、このまま忘れてしまうのももったいない。というわけで、書いておくことにする。話が来たときに感じた違和感も含めて。
(山口)

「好きなことを仕事にする」というのは、なんだかとても魅力的なことに思える。仕事ならつらいことがあってもがまんできるし、「イキイキと働ける」(私がこのことばを嫌っている件については前に別のところに書いたがそれはさておき)んじゃないかと思うし。世の中には、好きなことで食べていけたらいいと願っている人たちや、好きでもないことをしかたなく仕事にしていて、そういう状況から抜け出したいと夢見ている人たちがたくさんいるだろう。そういう人たちに何かいいアドバイスを。たぶんそういう趣旨なんだと思う。私のところに声がかかったのは人づてだったのだが、まあ「好きなことを仕事にした」一例、あるいは「なんだかうまいことやって一見うらやましげな職に収まってる」一例ぐらいに見えるんだろう。別にそれ自体は否定しない。万が一私が「イキイキと働いている」ように見えたんならとんだお門違いだと思うが(この意味で)。

とはいえ、だからといって私に「こうやれば好きなことを仕事にすることができる」というアドバイスができるというものでもない。「私はこうやって好きなことを仕事にすることができた」という方法が仮にあったとしても、それはどこまでいっても体験談だ。そのときの特定の状況に依存しているわけだから、それを伝えたところで他の人の参考にはならない。そういう体験談は聞いていて面白い場合もある(私の場合がどうかはわからないが)が、それをそのまま真に受けて「よおし自分も同じように」なんて考えるのは、正直どうかと思う。自慢でも卑下でもなく、「あなた」と私はちがうのだ。

以上を前提として、以下、「好き」を仕事にするために知っておくべきこと、というテーマで5つほど考えたことを挙げる。といっても、実は考えてみれば当たり前のことばかりなのではないかと思う。極力個人的要素を取り除いて、一般化された内容にしてみたつもり。


1 なりやすい職業とそうでない職業がある

まず前提条件。職業に貴賎はない。少なくとも建前上は。しかし、もしそうだとしても、その職業に就くための難易度にはいろいろ差がある。これは否定しがたい。

子どもが挙げる「なりたい職業ランキング」(ベネッセ教育研究開発センター「第1回子ども生活実態基本調査」より)から例をとってみる。たとえば「お花屋さん」のような職業は、その意味にもよるが(花屋で働くことと花屋を経営することはえらくちがう)、比較的間口が広いほうだろう。「学校の先生」や「医師・看護師」などは試験や資格が必要だから少しハードルが高いが、まあ努力次第で充分可能性はある。しかし「野球選手」や「マンガ家」、「芸能人」などはそうはいかない。そもそも間口がえらくせまいし、もしなんとか入り込んでも、その中で活躍し続けていくのはとても難しい。

だから、「好きなことを仕事にする」といっても、自分の「好きなこと」が「花を売る」とか「サラリーマンになる」とかいう場合と、「野球をする」とか「歌を歌う」とかいう場合とでは、話がえらくちがってくるはずだ。

同様のことは、企業や業界についてもいえる。これまた当然ながら、企業や業界にも入りやすいところとそうでないところがある。企業の人気ということでいえば、日経の「人気企業ランキング」やリクルートの「大学生の就職希望企業」等いろいろな人気ランキングがある。こうしたランキングの上位に出てくる企業には多くの志願者が応募してくるわけで、当然激しい競争になるから、そう簡単に入社できるというものでもない。業界レベルで見ても、たとえば大手マスメディアともなれば競争率もとんでもなく高いし、上級国家公務員や弁護士になるための試験はかなり高いハードルだ。

要するに、就くのが難しい職業に就くこと自体を目標にすると、それなりに高い確率でかなわぬ夢に終わる。夢のない話だが、実際にそうなんだからしかたがない。夢いっぱいの子どもはともかく、ある程度具体性をもった目標を持つべき時期に来ている人なら、現実は知っておくべきだ。


2 「相手」の立場に立ってみよう

もう1つ追い討ちをかける。かつて企業で働いていたころ、OBリクルーターとしていろいろな学生に会ったし、今は教員として学生に接しているわけだが、聞いていると、たいていの人が好きな仕事は「かっこよくて給料がよくて楽な(少なくともそう見える)仕事」だ。

たとえば会社勤めをしていた頃、入社志望の学生に「入社したらどんな仕事をやりたいか」と聞くと、よく「商品企画か広報」という答えが返ってきた。なぜと聞くと「いろいろ新しい商品を考えるのが好きだから」とか「人と接するのが得意」だとか。はぁなるほど。気持ちはよくわかる。なんだか華やかでかっこいいし、きつくもなさそうだし。きっと出世も早そう。だけどね。選ぶ側に立ってみてほしい。会社の製品やサービスについて何を知っている?製品の予算上、デザイン上の制約はわかってる?販売網の特性は?関連法令やその改正の動向は?他にもいろいろ知っておかないといけないことがある。企画や広報は企業の中核的な業務の1つ。各社とも幅広い分野に精通した精鋭を投入するのが当たり前。例外ももちろんあるだろうが、多くの場合、事情もわからない新入社員に、そんな大事な仕事を任せるわけがないということだ。

コンサルティング会社に就職したいという学生もよくいるが、同じことがいえる。クライアント企業の立場になってみろと。自分たちが一番詳しいはずの自社の事業戦略について、わざわざ高い金を払ってまでアドバイスを求めたくなる外部の相手とはどんな人か。

もし「かっこよくて給料がよくて楽な仕事」があるとしたら、誰だってそういう仕事をやりたい。選ぶ側の身になって考えれば、そういう場合に選ぶのは、他の誰もが「ああ、あいつなら適任だ」と認めざるをえないような人だ。そう思わせるのは豊富な業務経験かもしれないし、卓越した業務能力かもしれない。圧倒的な知識かもしれないし、ひょっとしたら有力者とのコネかもしれない。職業によっては、誰もが振り返るような外見だって必須条件となるだろう。そのすべて、であることだって充分ありうる。「好き」の対象が何かにもよるが、多くの人が「好き」と思うような仕事であれば、それを自分から「選べる立場」の人はそう多くはないということだ。


3 「好き」を仕事にするやり方はいくつもある

しかし、「好き」を仕事にするということは、「憧れの職業」に就くことと必ずしも同義ではない。たとえ「憧れの職業」がとても狭き門で、なかなか就けるものではないとしても、少しだけ柔軟に、心を広げて考えれば、「好き」なことを仕事にするやり方は他にもあるはずだ。

たとえば、プロ野球選手として活躍することは多くの人が夢にみるだろうが、実際に実現できるのはそのうちほんの一握りの人だけだ。しかし、もし目標が「プロ野球選手になること」自体ではなく、「野球を仕事にすること」であれば、可能性はぐっと高まる。実業団チームで野球選手となることも、球団の運営会社や球場の管理会社に勤めることも、野球用品のメーカーやスポーツ用品店に勤めることだって、野球に関連した仕事といえるだろう。球団オーナーの会社や球場の近くにある会社であれば、自分の仕事自体は野球に関係がなくても、充分に野球を身近に感じることができるのではないか。

企業でも似たことがいえる。企業にはいろいろな仕事がある。希望する企業や業界に入っても、希望する仕事ができるとは限らない。しかしそれと同じ意味で、希望する企業や業種でなくても、希望に近い仕事があるかもしれない。たとえば、営業という職種は企画などと比べてあまり好まれない傾向があるようにみえるが、営業職が日常やっていることの少なからぬ部分、顧客のニーズを探ってそれに対応したプランをまとめ、プレゼンして説得するといったプロセスは、ある意味で企画のプロセスそのものだ。

「好きなことを仕事にする」にこだわるのであれば、「好きなこと」について、少しだけ柔軟であったほうがいい。それは決して妥協ではなく、むしろ目標へのこだわりとみるべきものだろう。どんな職業でも、すべての希望が完全にかなうことは、実際のところあまりない。給料のいい仕事は忙しかったりといった具合に、なんらかのトレードオフがあるのが普通だ。あれもこれもと欲張るのもいいが、すべての条件を満たす理想的な職業というのはなかなか難しい。一部の条件を満たせばよいということであれば、だいぶ選択肢もチャンスも広がるはずだ。


4 「好き」を仕事にするより、仕事を好きになろう

「好きなことを仕事にする」と同じくらいよく使われるキーワードが「自分らしい」「自分に合った」だ。自分らしい仕事、自分に合った企業。この文脈では、たいていの場合「自分らしい」「自分に合った」は「自分が好き」とほぼ同義だ。うらやましげな仕事に就いている人が「自分らしい仕事を」と語り、それを眺めるしかない境遇の人は「いまの仕事は自分に合ってない」と悩む。「自分らしい仕事」を探して職を転々とする人もいる。気持ちはわかるのだが。

「自分に合った」仕事をさがすための自己診断テスト、なんていうのもある。学生向けの就職支援サイトには、よくこの種のサービスがあって、このタイプの人にはこういう仕事がお薦め、なんて書いてある。もちろん、自分を知ることは大事だから、ぜひやってみるといい。とはいえ、その結果をあまり重くとらえすぎるのはいかがなものか。人間に性格やタイプの差があることも、仕事によって望ましい性格や行動様式があるということも当然といえば当然だが、自己診断テストだけで自分に枠をはめてしまうのはもったいない。

はっきりいって、自分らしい仕事なんて探すな、と思う。自分が好きな仕事を「自分らしい仕事」と思うなら、自分にとって「自分らしい仕事」はたいていの人にとっても「自分らしい仕事」である可能性が高い。よく「ナンバーワンよりオンリーワン」などというが、実際には、オンリーワンになることはナンバーワンになるのと少なくとも同程度に難しい。なぜなら、仕事は自分ではなく、他人にその価値が評価されるものだからだ。

一方で人間は、意外に柔軟にできている。自分の不得意なことでも、訓練で補ったり、他の方法で代替したりすることができる。内向的な性格の人が接客業で活躍しているケースなどいくらでもある。仮に自分がある性格の方向性を持っているとしても、それが即職業上の適性を示すとは限らない。これから成長して、適性を身につけることができるかもしれないし、苦手を意識している分野のほうが、かえって慎重になる分うまくできるかもしれない。

「好きなこと」を仕事にしようと焦ってもがくより、まず自分の仕事を好きになろう。そのほうがよほど簡単だ。どんな仕事にもつらいところはあるが、それと同じ意味で、全部とはいわないが、たいていの仕事は、その中になんらかの面白さを見つけ出すことができる。たとえば会議資料を人数分コピーとってホチキスで止めるといった単純作業だって、どうやったら手早くきれいにできるかを工夫しながらやるのはけっこう楽しかったりする。逆に、どんな派手なかっこいい仕事でも、その中にはめんどくさくて地味なつらい作業があるはず。気鋭のデザイナーだって電卓を叩いて税金の計算をするし、広報部の花形だって宴席でぺこぺこおじぎしながらお酌をして回ったりすることがあるのだ。仕事を割り振る側の立場に立ってみれば、いやな仕事も楽しくこなせるような人にこそ大事な仕事を任せたいと思うのではないか。


5 果報は練って待て

これはホンダの創業者である本田宗一郎氏のことば。「寝て待て」ではない。単に幸運の到来を待つだけでなく、まず自分から動いて、先にできるだけ「練って」おくことが大事。待つのはやれることをやったあと。やるだけやったら、結果をあせらずに待て、ということか。

チャンスというのはいろいろなところに埋まっているもので、探していれば、何かしらあるものだ。もちろん、「宝の箱」がそこいらにすぐわかるようなかたちで転がっていることはほとんどないが、「宝」の地図の切れ端や、「宝の地図」のありかを知っている人、あるいは「宝の地図のありかを知っている人」の噂を聞いたことがある人くらいなら、よく探せば見つかるかもしれない。それは思い描いていたような「金銀財宝」ではないかもしれないが、それなりに大事に思えるものである可能性も充分ある。

重要なのは、常にアンテナを張っておくこと、すぐに飛びつけるよう準備しておくこと、そして何より、ずっと探し続けることだろう。よく「チャンスの神様に後ろ髪はない」という。出会ったそのときに飛びついておかないと、後から追いすがってもつかむことは難しいという意味かと思う。確かにそういうことはよくあるのだが、一方で、探し続ければ、次のチャンスが来るケースも少なくないのではないか。前のものほどではないかもしれないが、とりあえず、なんらかはある、と。その意味で、一度失敗しても、「負けた」と思わない限り負けではない。

すべての場合にあてはまるものではないだろうが、たとえば入るのが難しい会社でも、中途入社という手がある。新卒で入るより、いったん別の会社でキャリアを積んでからのほうが入りやすい場合もあるようだ。就くこと自体が難しい職種については、次のチャンスはなかなか訪れないだろうが、別のチャンスが来るかもしれない。最初のチャンスをつかめなかったからといって、すべてをあきらめなければいけないとは限らない。

チャンスはまためぐってくる。だからこそ、今できることを一生懸命やろう。チャンスがめぐってきたとき、迷わず飛びつけるように。自分が選ばれる立場なら、選ばれるために必要なことは、今しておかなければ。自分の目標と直接関係ないように見えるかもしれないが、将来どこかでつながる可能性があるから、あなどってはいけない。一生懸命やったこと自体が貴重な経験として役に立つし、第一そのほうが楽しいではないか。

参考になるような気がする本をいくつか紹介しておく。

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コメント

相手の立場に立ってみることで多くのものも見えてくるんですね。
今後は日の当たるところだけではなく陰になっている部分も中止してみたいと思います。そして必要とされる人を目指したいです。

投稿: くろかわ | 2008/07/13 01:04

くろかわさん
私たちの大半は「ナンバーワン」でも「オンリーワン」でもありません。でも、だからといって価値がないわけではないんです。まずは、今置かれた環境下で「これについてはあいつに頼もう」といわれる人を目指しましょう。小さな自信や自負が持てれば、それが外へ一歩を踏み出すときのエネルギー源になります。

投稿: 山口 浩 | 2008/07/14 15:48

はじめまして。
やりたいと思った仕事ができる会社に入って約2年。これからだ!!と思う今異動になりました。
たまたまブログを読ませて頂き、上から必要とされる人になるという視点足りなかったかもしれない、と感じました。とりあえずは異動先で頑張ってみます。ありがとうございました。

投稿: るな | 2008/07/15 05:13

るなさん、コメントありがとうございます。
私にも似たような経験があります。会社にもいろいろな事情があるでしょうから、必ずしも自分を責める必要はありません。会社の立場からすれば、むしろ「チャンスを与えた」つもりかもしれませんよ。
過去は変えられませんが、今自分の行動を変えれば、未来は変えられます。今置かれた状況も、降ってきたチャンスと考えてみてください。そこからできるだけたくさんのことを学びとるようにしていけば、また次のチャンスが見えてくるのではないでしょうか。
がんばってくださいね。

投稿: 山口 浩 | 2008/07/15 19:55

カツマー、カヤマーの記事でも考えさせられましたが、この記事を読まないでしていた就活と、これからの就活は違う気がします。
ちょっと視点が変わりました。練って待ちます(*^-^)

投稿: まさまさ | 2010/01/06 04:38

まさまささん、コメントありがとうございます。
参考になれば幸いです。とはいえ、だからといってうまくという保証はありません。厳しい状況が続きますが、健闘をお祈りします。

投稿: 山口 浩 | 2010/01/09 10:27

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