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2009/01/18

愛と勇気と、サム・マネー

このゼミについて、「何をやっているゼミなのか」というご質問をよく受けます。一応ファイナンスと経営学のゼミということになっていて、テーマは「金融・契約・情報の技術の新たな融合」と言っているわけですが、実際にやっていることの多くは、ブログを運営して記事を書いたり、イベントを企画したり動画を作ったりであるわけですから、「いったいどういう関係があるのか」と思う方もいるかもしれません。実は、このゼミでの活動には「裏テーマ」のようなものがあります。このあたりはゼミ生の方々にもまとめてお話しする機会はあまりないので、ゼミ生向けの文章として、ここで簡単に書いておきます。
(山口)

このゼミでは、「こち駒合同会社」という企業を運営しています。とかく机上の話に終始しがちなファイナンスをできるだけ実感してもらいたいというのが目的です。企業をめぐるお金の流れは、企業のビジネスの流れの裏側にいつもあって、その逆方向に流れていきます。企業をめぐるお金の流れを理解するためには、企業が行うビジネスの流れを理解することが必要です。

実際の企業では、よほど小さな企業でない限り、この2つの流れは担当部署が分かれてるので、組織の中のかなり上のレベルまで行かないと両方を同時にみることはできません。このゼミではそれを、自分たちの手で動かせる企業を実際に運営してみることで実現しようというわけです。

最近の世の中の状況をみていると、これまで別々だった金融の技術、契約の技術、情報の技術が融合して、新たな状況が生じているようにみえます。ブログによる情報発信がアフィリエイトという契約を通してお金の流れにつながるのもその1つであり、だからこそ、こち駒でもブログを運営しているわけです。他にも、予測市場や仮想経済など、このゼミではまだうまく取り入れることができないままですが、今取り組んでいるそうした新しい動きについても、今後取り上げていきたいと思っています。

しかしそうしたこと以前に、ゼミという集まりで皆さんに経験してほしいと思っているのが、上に書いた「裏テーマ」です。うまいキーワードが見つからずに困っていたのですが、ちょっと前に見かけて「ああこれだ」と気づきました。それが、この文章のタイトルにある「愛と勇気と、サム・マネー」です。

このことばは、チャップリンのことばだとよくいわれます。「人生に必要なものは、~の3つだけ」の「~」に入るのがこれらというわけです。蛇足ですが、実際にはこのことばの元はチャップリンの名作「ライムライト」の中でのセリフ「All it needs is courage, imagination, and a little dough.」だといわれますから、「勇気と想像力とほんの少しのお金」ぐらいが適切でしょう。ただ、理由はよくわかりませんが、「夢と希望とサム・マネー」、「愛と勇気と少しのお金」、「勇気と夢と少しばかりのお金」など色々に訳されているようです。ここでは、言いたいことに一番近い「愛と勇気と、サム・マネー」をとってみました。

それはさておき、本題。要するにどういうことか。最初の「愛」は、ここでは「仲間」のことと考えてください。同じ目的に向かって、それぞれの力を生かして協力していく仲間です。皆さんにも、友だちはいると思います。友だちは、相性や好き嫌いなどによって、好き勝手に選べます。しかし企業の現場での「仲間」は通常、選ぶことはできません。また、同じタイプの人だけが集まっているわけでもありません。つまり、企業では、自分と必ずしも仲がいいとは限らない、ちがったタイプの人たちと、共同で仕事を進めていかなければなりません。いろいろな方向性を持った力を合わせることで、個々の力の合計以上の力を発揮し、また欠点を補い合うことができるからです。部活やサークル等でも似たようなことはあるかもしれませんが、ここではより働く場に近いかたちで、「仲間」と作業をする経験をしてもらいたいと思っています。

なじみのない人と一緒に作業をするのは気が進まないかもしれませんが、やっていくうちに、わかりあえる部分も出てくるでしょう。こうしたことが比較的得意な人とそうでない人がいますが、不得意でもある程度「練習」で補えます。ならば練習しておくにこしたことはありません。もちろん、そうした「仲間」の中から友だちになる人が出てくることもあるでしょう。ぜひそうなっていただきたいと思います。

2番目の「勇気」ですが、ここでは「挑戦」ぐらいの意味で考えています。皆さんはこれまでも、さまざまな場面でいろいろな「挑戦」をしてきたとは思いますが、もっと意識的に、自分の「殻」を破ることを意識していってもらいたいと思っています。誰しも自分を守るための「殻」をまとっています。ある程度は必要なものですが、「殻」は身を守ると同時に、自らに対する制約ともなります。最も成長できる時期に「殻」にこもっていては、成長する機会を失ってしまいます。企業等で仕事をするときも、同じことの繰り返しもたくさんありますが、新たな挑戦をしなければならない場合はたくさんあります。そうしたときに足踏みをしてしまわないようにするためにも、今いろいろなことに挑戦してみることはいいことだと思います。

特に意識していただきたいのは、今のうちにいろいろと「失敗」をしておいていただきたいということです。もちろんわざと失敗する必要はありません。失敗をおそれずにトライしてほしい、ということです。学生の皆さんより若干長く生きている立場からみると、皆さんは全般的に、上の世代と比べて、より「失敗」を恐れる傾向が強いようにみえます。自分をかっこよく、あるいはスマートに見せていたいのかもしれません。失敗して恥ずかしい思いをするのは、誰しもいやなものです。しかし、そうした「恥ずかしいこと」は、学生のうちにこそ経験しておくべきものです。今なら、たいていの失敗は、笑ってすませることができますが、社会人になると、そうは行かない場合もでてきます。失敗しない方法だけでなく、失敗をリカバーする方法、失敗の影響を少なくする方法、失敗をやりすごす方法、失敗を忘れる方法を身につけましょう。昔、私がスキーで最初に教わったのは、「けがをしない安全な転び方」でした。仕事にも人生にも、そうしたものはあると思います。
(関連:「私の「失敗」論」)

3番目の「サム・マネー」は、まあそのまんまです。世の中には「お金なんてなくてもいいんだ。損失を度外視することが偉いんだ」といったようなことを言う人がいますが、少なくとも企業という組織は利益を上げる、つまりお金儲けを目的とするものですから、少なくとも企業に関していうならば、その考え方には賛同しかねます。企業が存続していくためには、お金が必要です。そのお金は、自分で儲けるか、誰かに出してもらうかしかありません。出してもらったら、それなりの見返りが必要です。きれいごとではすまないのです。さらにいうと、世の中の大半は、そうやってお金を稼ぎ出した人たちによって支えられていることも、忘れてはなりません。日夜公共的な使命を帯びて働く警察や消防の人たちも、奉仕の精神で困った人を助けるボランティア団体も、その活動資金の元をたどれば誰かが儲けたお金です。

もちろん、どんな場合でもお金が何よりも大事ということではありません。世の中に、お金より大事なものはたくさんあります。しかし、たいていの場合、お金の問題を度外視して考えることもできません。度外視できる場合があるとすれば、それは、使おうとしている金額が使える金額と比べて非常に低い場合か、誰かが見返りの条件なしにお金を出してくれる場合ぐらいでしょう。たかがお金、されどお金、というわけです。そうした意味での「サム・マネー」です。こち駒合同会社も、企業です。教育を目的としている旨定款にも記載してありますので、徒に利を追うことはしませんが(もともとここで動いているお金はごく少額ですし)、「利益を出す」「損失を避ける」ことにはできるだけこだわっていきたいと思います。

まだまだ語りたいことはたくさんありますが、とりあえずこんなところでしょうか。ファイナンスや経営学に関するいかなる知識も経験も、この「愛と勇気と、サム・マネー」がわからない人には無意味です、とあえて言い切っておきましょう。これらがすべてうまくできているわけではありませんが、こんなことを考えながらゼミを運営しています。


「愛と勇気」については、ひょっとしたら、こんな文章よりも、こちらの動画のほうがいいたいことをうまく伝えているかもしれません。もともと名曲ですが、歌詞も演奏も、画像もなかなかです。

「サム・マネー」についてはこちらもご参照。谷川俊太郎の詩ですね。これで保険業界に入った人、けっこういるんじゃないかな。


「愛と勇気と、サム・マネー」は、別のいいかたをすれば、リスクへの対処法のひとつでもあります。その点に関しては、こちらもよろしければ。


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コメント

思えばこの3年挑戦しているつもりになっていて何一つ失敗が怖くて挑戦していなかった気もします。就活は安全圏から出て挑戦しないといけないから不安なのかもしれません。

投稿: クロカワ | 2009/01/27 02:31

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