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2009/02/14

新ゼミ生課題作品:エッセイ「私の人生最大のピンチ」4

駒澤大学GMS学部山口ゼミでは、2009年度ゼミ生募集に際し、課題作品の提出を求 めました。ここでは提出作品を順番にご紹介しています。エッセイ部門の課題は「私の人生最大のピンチ」です。これは名無し3号さんの提出作品です。
(担当山口)

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「私の人生最大のピンチ」

私の人生最大のピンチは私が中学三年生の時の出来事である。

ある時、私の友人が家出をして約一か月間行方不明になってしまった。そんなときひとつの目撃情報が入りその目撃エリア近くにある駒沢公園で野宿しているのではという考えがみんなの中で出てきた。そして私と友達の計四人は夜中の公園を捜す計画を立案し私たちだけで実行することになった。

集合時間は夜中の二時。駒沢公園に行く途中に各自の家に寄り集合することにした。私は数時間仮眠をとった後始めに一人の友達と合流し次の友人の家に自転車で行った。

チャイムを鳴らし家の前で待っていると何やら曲がり角から光が近付いてきた。自転車のものだとわかったが隠れたり逃げたりする時間もなく警察の自転車であることが目視できた。当然相手も私たちを目視できる距離であり計画上警察を見つけたら逃げることも実行できず当然のように何しているのか聞かれてしまった。

まずい、と思った。この計画の唯一にして最大の脅威であり、当時も現在も私にとって補導され親に連絡されることは最も恐れていることであるからだ。しかも今回この時間に外出を許されたのは仮に補導された場合は今後のおこずかいはなしということになっていた。中学生だった私からこずかいをとられれば収入源は全くなくなってしまう。

友達はまず「今から帰るんです。」と言った。もちろん嘘である。彼は平然と警察の前で警察に嘘をついた。今考えるとある意味冷静だったのかと思ってしまう。このようなパターンを私は想定していなかったからだ。警察はお見通しのように「今から?」と聞き返してきた。そこで私は友達が家出していることとその友達を探していることを言った。これは真実である。本当のことを言うしかないと思ったからだ。

すると警察は「そっか。じゃあ気をつけてね。」と言ってどこかへ行ってしまった。その時はまだ九月で夜も寒くなかったが冷や汗をかいてしまった。今考えると警察は捜すのを終えて帰るのだと勘違いしたのだと思うが私の表現方法が曖昧だったことと友達の嘘とがうまくつながったのがよかったのだと思う。

こうしてピンチを脱して友達の全員と合流し目的地の駒沢公園へ向かった。夜の駒沢公園は真っ暗でかつとても静かで非常にうす気味悪く、思うように捜すことはできなかった。当時の私にとって夜中の時間帯の世界は未知の世界であった。とりあえず屋根のある建物の下などを中心に捜した。公園内はとても広いため捜す場所はいくらでもあった。

夢中で私たちが捜していたその時一人の友達があることに気付いた。一人友達がいなくなっていたのだ。その友達は個人プレイの好きな性格の人ではなかった。私たちはその人も含めて捜すことにしたが約三十分してもその友人は見つかず、次第にみんなも不安になってきてしまった。あいにくその友達は携帯電話を持っていないので全く連絡手段がなかった。かといってバラバラになって捜すのもお互いに連絡がとれなくなってしまう。

とにかく私たちには必死になって捜すしかなかったと思ったがある方法を私たちは思いついた。この時ちょうどサイクリングコースを捜していたので一人が逆走してもはぐれることはないことに気付いた。しかも約三十分間ずっと同じ方向に走っていたのでこれはうまくいくだろうと確信していた。

結果、はぐれた友達は逆走した友達が見つけだし無事みんな合流することができた。はぐれた友達は夢中で左右を見ながら捜しているうちにスピードが遅くなり気づけばみんなの姿が見えなかったそうだ。

その後朝の五時半ぐらいまでみんなで捜したが結局その日家出した友達を見つけることは出来なかった。その友達は数日後他の公園で発見されたがなぜ家出したのか私たちは知らないままである。

今となればよい思い出だが当時の私は無茶をしたと思っていた。このようなピンチは学生の時にしか体験できないものであると思う。良い経験という表現もできるがやはりこれ以降私は危険が伴う行動をする前にはよく考え、避けるあるいはリスクを最小限にするよう注意して行動するようにしている。

人間のピンチは後々笑い話にもなるがよい教訓にもなるものであるはずだ。少なくとも私が体験してきた数々の小さなピンチでもそれらは必ず私を成長させてくれた。しかしそれらは乗り越えてこそ価値のあるものであり、逃避した場合は無駄になるだろう。

ピンチはいつどこでやってくるか分からない。ピンチで対応できる力は同じような経験を積むことで簡単に手に入れられるが、経験なしで身につけることは難しい。だからこそ今の生活で起こる数々のピンチを大切にし、冷静に受け止め解決しなければならないと思う。

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ふむ。あんまりほめられたことじゃありませんが、まあおとなしいほう、といえましょうか。もちろん、男の子とはいえ、中学生が夜間外出するのは、特段の事情がない限り好ましくありませんが、まあ、保護者の(条件付きではありますが)了承があったわけですしね。こういうのも一種の「通過儀礼」ではあると思います。無事にすんで何より。

ちなみに、夜の駒沢公園というのは、私の印象では、意外に人がたくさんいます。なんでこんな時間にと思うような時間に、ジョギングやらウォーキングやら。「健康のためなら寝不足になってもいい人々」なんでしょうか。0時すぎは知りませんが、11時過ぎぐらいだと、そういう人たちが列をなしていて、平日の昼間のほうがよっぽどすいてるんじゃないかと思うほど。これなら女性でも安心、かどうかは保証できませんのでくれぐれも自己責任で。暗いところもありますからね。



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