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2009/03/07

新ゼミ生課題作品:エッセイ「私の人生最大のピンチ」6

駒澤大学GMS学部山口ゼミでは、2009年度ゼミ生募集に際し、課題作品の提出を求 めました。ここでは提出作品を順番にご紹介しています。エッセイ部門の課題は「私の人生最大のピンチ」です。これはchiffonさん(一応念のためですが、これ「シフォン」ですからね)の提出作品です。
(担当山口)

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私の人生最大のピンチ

私の『人生最大のピンチ』は、小学生の頃に経験したこんな出来事です。

その日私は、100点満点で返却されてきた数学のテストを母に見せたくて、家の階段を勢いよく駆け上がっていました。

と言うのも、100点満点がとれたときにはご褒美として≪500円がもらえた≫からです。そのうえ、その日は私の誕生日の1日前だったので、母にテストを見せ終わったら一緒にバースデーケーキを買いに行く約束をしていたのです。なので、私はさらに浮かれながら階段を駆け上がっていました。(ちなみに家の階段は1階から3階までが一直線になっています。)

私はランドセルをとりに3階まで急ぎました。しかし、あと1段というところで足を滑らせてしまったのです。

私は3階から1階までを一直線に転げ落ちてしまいました。そして私はそのまま玄関にある自分の靴に突っ込み、止まりました。これは後に聞いた目撃証言なのですが、足を滑らせた私は後ろ向きに倒れ、まるで階段を“後転”するかのごとく転げ落ちていったそうです。私が転げ落ちていくのを目撃した親戚の叔父が急いで私を救出し、さらに、混乱した祖母と取り乱した母が急いで病院まで私を運びました。

到着した病院は近所にあるわりと大きな病院で、そこでの検査結果は「特に異状なし」でした。しかしその病院には専門医がいないとの事で、念のため違う病院で更に詳しく検査をすることになりました。するとそこで衝撃の事実が判明したのです。

なんと私は落ちた時の衝撃で頭の中の硬膜という部分が破れ出血を起こしているというのです!ひとつ前の病院で「異状なし」との診断を受けていただけに、祖母と母はとても驚いたらしいです。さらに、2人が驚いているところに突然、私の容体が急変し意識不明の状態になってしまったのです。

実のところ、私は一つ目の病院へと向かう車の中からあまり記憶がなく、検査を受けたことも、病院を移動したことも、そして自分がどのタイミングで意識を失ったのかもよく覚えていません。意識不明になった私は救急車で救急救命センターまで運ばれ、緊急手術を受けることとなりました。あともう少しでも手術が遅くなっていたら、私の命は助からなかったそうです・・・。今考えるととても恐ろしいことです。自分がもしかしたら死んでいたかもしれないなんて!

4時間ほどかかった手術は無事に成功し、私は一命を取り留めました。ここで運が良かったことは、私の手術を担当してくれた先生がその大学病院の名医で、脳外科の専門医の方だったということです。先生は私が“女の子だから”ということを考慮してくださって、傷痕が見えないように処置をしてくださりました。優しい笑顔の先生には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

私が意識を取り戻したのは手術が終わってから数時間後のことでした。

ドラマや小説などでよく見るシーンかと思いますが、私が目を覚ました時に真っ先に目に飛び込んできたのは、真っ白な天井でした。ぼんやりした頭で辺りを見回すと、ベッドの両脇はカーテンで仕切られていて、横には大きな装置が置かれ、足元を看護師さんたちが歩きまわっていました。

私が『ここはどこだ!?』と混乱していると、私が目を覚ましたことに気がついた看護師さんが「おはよう」と声をかけてくれました。それからいろいろとお世話をしてくれた看護師さんたちから “○○(※山口注。「○○」はchiffonさんの名前)ちゃん、お誕生日おめでとう”という言葉をもらいました。その時になって初めて私は、今日が自分の誕生日であるということを思い出したのです。

あの100点満点のテストを見せようとしたときから本当に色々とありましたが、まだ丸1日もたっていなかったのです。私の10歳の誕生日は人生で最も忘れられない瞬間となり、さらに人生最大のピンチを脱した瞬間となりました。

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これまでに登場した皆さんいろいろとすごいピンチですが、これまたしゃれにならない大ピンチ。硬膜が破れたとなると、本当に命にかかわります。自宅で階段を踏み外したとなると基本的にはご本人の不注意というほかありませんが、「1階から3階までが一直線になってい」る階段(なんだか京都駅の伊勢丹を思い出しますね)というのも問題なしとはしません。家のことですからいろいろ事情はあるんでしょうが、明らかにリスク要因ではあります。

とはいえ、これで助かったのは、いくつもの幸運が重なったからでもあるわけですね。頭のぶつけどころが致命的なものではなかった、すぐに見つけて病院へ連れていってもらえた、腕のいい専門医のいる病院を紹介してもらえた、といった事情がすべてそろわなければ、最悪の事態も考えられたわけです。

ある意味「思い出に残る誕生日」になったともいえましょうが、こういう思い出は、あまりたくさんはいりませんね。ぜひ気をつけていただきたいもの。



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