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2009/03/15

新ゼミ生課題作品:エッセイ「私の人生最大のピンチ」7

駒澤大学GMS学部山口ゼミでは、2009年度ゼミ生募集に際し、課題作品の提出を求 めました。ここでは提出作品を順番にご紹介しています。エッセイ部門の課題は「私の人生最大のピンチ」です。これは名無し5号さんの提出作品です。
(担当山口)

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私の人生の最大のピンチ

「ピンチとはチャンスでもある。」とよく漫画やドラマなどでも言っている。確かにそうであると思う。だれが言ったかはわからないがピンチとはそういうものであると私は思う。

私の人生の最大のピンチは中学3年生の夏にブラジルへ行ったことである。なぜブラジルに行ったかと言うとサッカーで市の選抜に選ばれたためである。

以前から私が住んでいる市の選抜は中学3年生になるとブラジルへ遠征に行くと聞いていたため、選ばれた時はとても嬉しかった。しかしその反面、非常に不安であった。日本に生れ日本で育ちこれからも日本で生きていくのだろうと当時考えていた私は海外など行ったことはなく、ましてや日本と反対側、地球の反対側のブラジルに行くという壁が立ちふさがった。しかも観光ではなくサッカーをやりに行くのだ。もう選ばれたときはウキウキの絶頂に浸っていたのだがいざ冷静になり考え直してみると不安要素がわんさかわんさか湧いてくる。パスポートの事、向こうでの生活のこと、初めての海外に対する恐怖感、そして忘れ物をしたらどうしようかなど私の頭は不安の2文字で埋め尽くされた。

そんな中でも一番の不安点はサッカーをすることだった。知っての通りブラジルといえば言わずと知れたサッカー大国でかなりの強豪だ。代表ではなく同じ年代の選手とやるのだがそれでもやはり上手だろう。そんな相手に向かっていくことに恐怖を覚えたのだ。それに加え異国の地でプレーをする、つまりアウェーというプラスアルファが私のそれをさらに強めた。今、思い返すとちっぽけな気がするが当時の私にはかなりのウェイトを占めていたのだ。

出発当日、私は変にテンションが高くなっていた。初めての飛行機に乗れるとの事もあったのだろう。いやそれよりも出発までの準備期間の間に市の選抜での練習や遠征の準備などで期待と不安が入り乱れおかしくなっていたのだろう。空港で変にそわそわしながらひたすらしゃべっていた私を見る周りの目がちょっと痛かったのをいまでも覚えている。

そんなこんなで飛行機に乗り込んだ私はさらにテンションがあがり疲れてしまい静かにしていた。飛行機はロサンゼルスで燃料を補給するため一回降りたのだがここで問題が発生した。なんらかのトラブルがあったらしくそこで待たされたのだ。その時間が私を苦しめていた。はやく向こうへついて楽になりたいと考え始めていた私への拷問かとも思えた。結局30分ぐらいで飛行機は飛び立ったのだがその間は1時間にも2時間にも感じられた。
そして飛行機はとうとうブラジルへと到着した。

ブラジルへ到着した私は初めての海外ということもあり出発前のテンションに戻っていた。しかし心のなかでは3対7で期待より不安が強かった。ホテルへチェックインするためバスに乗り込みしばらく走るとブラジルの町並みが見えてきた。やはりブラジル、いたるところでサッカーコートが見られた。こいうところからレベルが違ってくるのだなぁと思っていたところで驚愕の場面を目の当たりにした。

タクシーの前に男がたっていたのだがその男が手にもっていったのは拳銃だった。何やら運転手を捕まえて何かを言っているようだった。ちょうどバスはスラム街の近くを通っている時であった。その瞬間から私の心の中は1対9で期待より不安の圧勝だった。

不安にかられるなかホテルに到着し練習場へと向かった。気持ち良かった。今でもあの感覚は忘れない。練習場の芝の感覚がスパイクを通して体に伝わる。サッカーがやりたい単純にそう思えた。不思議とこの時は不安がなくなっていた。気持ちのもちようか。とにかくやるしかないそう決めた私は周りの世界が広がった気がした。周りを見る余裕が生まれ海外が楽しめた。こんなにも世界が違って見えるのは初めてだった。

それからがけっぷち精神で向こうのクラブチームとの試合に臨んだ。レベルが違う。体格やテクニックなど同年代とは思えなかった。今まで狭い世界にいたなぁと実感した。試合は惨敗だった。緊張もあり体が思うように動かなかった。ホテルに帰り食事を済ませた。食事やホテルやはり環境違う。日本が恋しくなった。インスタントみそ汁を持ち込んでいた私は一気に食べ干した。離れて改めて日本の素晴らしさを実感した。

翌日になり試合に臨んだ。前日よりは緊張も不安も少なくなり体が思うように動いた。精神状態でこんなにも差がでるのかと驚きだった。それから日数と試合数を重ねるごとにチームが自分が進歩しているのが感じられた。そのうちに私はJリーグの某チームの関係者が私のプレーを見てユースの試験を受けてみないかと言われた。この時にブラジルまで来てサッカーをしてよかったと思えた。一番の不安点が一番の収穫に変わった。つまりピンチがチャンスに変わった瞬間だった。あのときに気持ちを切り替えられたことにが大きいだろう。

何事にも臆せずやればなんとかなる。気持ち次第で人は変わる。「案ずるより生むが易し」とはこのことだろうと思った。初めての海外に触れ今まで不安だった海外にもまた行きたいと思えるようにもなった。何より狭い所から一歩外に踏み出せて考え方も変わった。何事にもチャレンジしなければ道は開かないということが今回学んだことだ。

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ええと、状況がよくわからないのですが、「拳銃」はピンチではなかったのですね。名無し5号さんはバスに乗っていたのでしょうが、タクシーはどこにいたのでしょうか。タクシーが拳銃強盗に襲われている横を通過した、ということでしょうか。それはそれで確かにこわいですが、まあ直接じゃなかったのであれば不幸中の幸いというべきかどうか。

で、要するにピンチだったのは、慣れない環境に飛び込んでいったことというわけですね。これはある意味、自ら望んでいったものですから、受け入れやすかったかもしれません。まさしくピンチはチャンス。腹をくくったり、わずかなチャンスに賭けたり、結果を甘んじて受け入れたり。スポーツをやっている人というのは、こういった状況への対処が割とうまいですね。その意味でも、スポーツはお勧めです。

「何事にもチャレンジしなければ道は開かない」のは確かですが、同時に「チャレンジすれば何事も道が開かれるとは限らない」のも、「チャレンジしたがゆえに道が閉ざされることもある」のも事実。そこまでわかった上で、ぜひいろいろなことにチャレンジしてほしいものです。



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