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2009/03/22

新ゼミ生課題作品:エッセイ「私の人生最大のピンチ」8

駒澤大学GMS学部山口ゼミでは、2009年度ゼミ生募集に際し、課題作品の提出を求 めました。ここでは提出作品を順番にご紹介しています。エッセイ部門の課題は「私の人生最大のピンチ」です。これは名無し6号さんの提出作品です。
(担当山口)

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「人生最大のピンチ」

私の人生最大のピンチは、大学受験です。

私は中学までは地元の公立学校、高校も推薦入試で入学したため、進学に関してほとんど苦労をしたことがありませんでした。また私は、高校時代の頃からサッカーの審判員としての活動を始めました。ほぼ毎週末、何かしらの大会の審判をし、平日も月に2度ほど若手審判員の育成機関のトレーニングに参加している毎日でした。

そのため、大学受験については他の学生が口にするような「全国から人が集まってくる中で、自分の力を試したい」などという気持ちは一切ありませんでした。

私の進学する大学の条件は、「英語の教員免許が取得できること」と「サッカー部が強豪チームであること」でした。公式戦には、何名か審判員を選出しなければなりません。またその際に使用する競技場は、Jリーグで使用するところもあります。試合も有料試合です。それに加え、練習試合でも強豪チームであれば、そのレベルに見合ったチームが相手となるため、審判員として活動の場を広げ、成長するためにも、この2つの条件ははずせませんでした。

そして何よりも、試合の感覚、体力を失わないためにも浪人は考えていませんでした。このような理由により、推薦入試を受験することにしました。

大学選びの過程は、自分が何を大学で学びたいのかを見極める上でとても重要であったと思います。いろいろな大学のオープンキャンパスや説明会に行き、審判員の先輩から大学のサッカー部などの状況の話を聞いて、受験する大学を決定しました。3つの大学・学部を受験することにしました。

推薦入試を受験するとその期間、いわゆる受験勉強があまり進まなくなるため、周囲には反対されました。しかし、このチャンスを活かさないのはもったいないという気持ちのほうが大きく、また3つも受験すればどれかには合格するであろうとも思っていました。志望理由を書いたものや自己アピールなどの受験する際に必要となる資料を作成するのには、やはり時間と手間を要しました。しかし、これらの作業を通して自分自身を見直すことができました。推薦入試を通して、自分が大学で学びたいことと自分を客観的に見つめてみて、さらに文書の形で表現したことで、成長できたと思います。

結果はというと、3戦3敗でした。

そして、ここからがピンチの始まりです。受験する大学は決めていたものの、やはり推薦試験への頑張りの後なので、受験勉強に身が入らない気持ちともう後がないという気持ちが入り混じっていました。そこで、仮に浪人した時の自分とどこかの大学に合格し、大きなスタジアムで審判をしている自分とを想像し、とはいってもサッカーのことは考えないようにして、気持ちを切り換えました。

ここで問題となったのは、年末年始です。周りの環境が集中できなくなる可能性が高いので、予備校の合宿に行くことにしました。しかしこの時期は、もう何かを教わる段階ではないので、担当講師がつかない「自習コース」で参加することにしました。4泊5日、勉強以外の時間は、食事、睡眠程度のみです。長い時間を、自ら計画し勉強を進められたことは自信に繋がりました。合宿終了後も、好きな冬の風物詩、高校サッカーを1試合も見ずに集中できたことは、今自分で思い返してみてもすごいと思います。

そして、センター試験まで時が経ちました。推薦試験に失敗してから、もう時間がないのでセンター試験のみの対策をしてきた甲斐があり、それなりの点数が取れました。またその後の、センター試験の点数のみで入学できる入試の合格予測、センターリサーチで、駒澤大学GMS学部にA判定がでました。予備校に聞いてみると、A判定でまず不合格になることはないということだったので、ひとまず条件にかなったところに進学できると安心できました。

一般試験に向けての勉強を落ち着いて始めたころ、センター試験利用入試の合否発表の日がやってきました。インターネットでも確認することはできましたが、せっかくなので、受験らしく自分の番号が載っているところを見に行こうと、大学まで行きました。結果は、まさかの不合格でした。そんなことはないと何度も見返しましたが、やはり自分の番号はありませんでした。

ここからが第2のピンチでした。

このままでは全て落ちるのではないかという不安から、今まで興味も持たなかった大学の情報を見て、資料まで取り寄せてしまったところもいくつかありました。サッカーに関することは、既に活動している場もあるので、広げることはひとまず考えず、英語の教員免許をとれる大学・学部にだけ進学できればいいと思いました。また自分の性格上、浪人はできないと自他共に認めていたので、それよりかは、はるかに良いとも思い勉強に集中しました。

最終的には、駒澤大学GMS学部に一般試験で合格することができました。結果的には最初の条件通りとなり、この合格を知った時は、本当に嬉しかったです。

上級学校へ進学する際に、何も苦労していなかった私がいきなり、2度もピンチを経験しました。しかしそれを乗り越えられ、自分で道を切り開くことができたので、その分現在の学生生活を謳歌していると思います。

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入試ネタですね。最近は中高一貫校もけっこうたくさんありますし、名無し6号さんのように推薦入試もありますから、大学入試が初めての「試練」という方は少なくないでしょう。もちろん、入試で生命が危険にさらされることは「通常は」ないわけで、その意味では大ピンチといっていいかどうか議論の余地があるかもしれませんが、結果次第でその後の人生が大きく左右されるかもしれない場ですから、小さいということもないでしょう。ご本人にとっては大問題ですね。

努力が報われるとは限りません。目的が志望大学への合格なら、がんばったのに不合格ということはしばしばあります。でも、考えてみてください。もし名無し6号さんが当学部の入試に失敗してしまったとしたら、入試に向けてがんばって勉強した経験は意味がなかったことになるのでしょうか。名無し6号さんは「学生生活を謳歌」できなくなってしまうのでしょうか。

そんなことはありません。がんばって努力が意図どおりの「成功」につながったことを喜ぶのは当然ですし、「成功」がいい経験になるのも事実ですが、だからといって、失敗していたら意味はなかった、とまではいえないと思います。

人は、成功から学ぶのと同じように、失敗からも学びます。もちろん失敗にはデメリットもありますが、学生の皆さんのような年齢層であれば、ほとんどの場合、失敗の悪影響は長期的には無視できる程度のものです。身の回りの信頼できる大人に聞いてみるといいでしょう。失敗したことのない人などいないはずです。そして、皆さんと同じ年頃に「大失敗」と思っていたことが、いまでは何でもなかった、という経験をしているはずです。

失敗が意味のないものとなる場合があるとすれば、それは、その経験に意味がなかったとしてすべて捨ててしまったときでしょう。失敗から学ばないことは、失敗そのものよりも大きな損失です。さらに、失敗をおそれてチャレンジ自体をやめてしまうようなことがあれば、それはいっそう大きな損失となります。学生の皆さんには、よりよく失敗できるよう、今のうちに練習を積んでおくことをお勧めします。



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