新ゼミ生課題作品:エッセイ「私の人生最大のピンチ」9
駒澤大学GMS学部山口ゼミでは、2009年度ゼミ生募集に際し、課題作品の提出を求 めました。ここでは提出作品を順番にご紹介しています。エッセイ部門の課題は「私の人生最大のピンチ」です。これは名無し7号さんの提出作品です。
(担当山口)
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いろんな場面で、いろんな意味の最大のピンチを迎えている
気がする。
病気や事故で生命の危機を迎えたり
部活最後の公式試合で一回戦負けかもしれない危機を迎えたり
非常に重い責任を背負ってそれが果たせそうもない危機だったり
「受験」
のときに迎えた私の人生最大のピンチを紹介する。
これは誰でも経験するからぜひ話したいし、これを読んで少しでも
未来のことを明るく考えてくれたら幸いに思う。
その大学は英語教育がとても高等で、模試でちょっと良い成績を残したからと言って簡単に受かるようなところではなかった。
それでもその大学に行くために英語を必死で勉強した。ほかの教科も足を引きずらない程度に勉強した。
が、最初の定期試験の結果に愕然とした。
42人中30位
理系科目が足を引っ張ってしまったのが原因だった。このクラスは国公立志願者が多いためそこで差がつくのは仕方ないと思っていた。
第一志望どころか、第二、第三志望の大学までD判定で本当に愕然とした。でもまだあと1年半以上ある。そう思って部活も勉強も頑張ることにした。
あれから何回も定期試験や模試があったけれど、思うような結果が出なかった。確実に実力は付いているのだけれど、志望大学まではどうしても届かない。
私は自暴自棄になっていた。
センターまであと3か月という時にYou tubeの動画を見ていたり、ちょっと問題集をやっては復習もせずにただボーっと過ごしていた。
自業自得といえば自業自得だったとわかっていたけれど、その時やっと悔し涙が出た。高校1年2年と3年の9月まで頑張ってきた努力が模試の結果が出ないというだけで腐ってしまった自分に腹が立った。悲しみと怒りと悔しさでいっぱいだった。その日一日泣き暮らした。
その日からまた努力をし始めた。だけど遅かった。受けた大学はかたっぱしから落ちて、受かったのは駒沢大学と滑り止めの1校のみ。自分が情けなかった。
浪人する気もなく
自暴自棄の自分のまま
この駒沢大学に入学した。
「どこがピンチなんだろう?」
と思うかもしれないが、私にとって先が見えないことは
人生最大のピンチ
なのである。
どこに進んでいいかわからない
何をやればいいのか分からない
ただ遊んでいるのが人生なのか
やれと言われたことだけやればいいのか
いつかは社会に出なければならない
何も目標も夢もない
大学の夏休みは長い
これこそピンチの日々だった。
何もやる気のない私はただ家でアルバイトもせずに
ボーっとしていた
いつものようにボーっと動画サイトを見ているとふと
気になる動画を見つけた
それはCMを真似して作られたアニメーション動画だった
背景は原色
人間のシルエットが音楽に合わせてスムーズに踊る
シルエットは男性だったり、女性だったり
とにかくカッコよかった。
自分もこんな動画を作りたい!
私は昔から絵を描くのが好きだった。
これを生かした仕事に就けないだろうか
どうやればこの仕事に就けるのだろうか
嬉しくて、嬉しくて仕方がなかった
チャンスはどこにでもあった
気づいたのが遅かっただけだった
自分を知らないだけだったのだ
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この課題はブログに「素の文章」で載せることを前提として書いてもらうことになっていて、テキスト形式と指定してあるのですが、見落としてるのかあえて無視しているのか知りませんが、ワードでレイアウトして書いてくる方が毎年必ずいます。中でも名無し7号さんは文章を全部センタリングして、なんだかタイトルロゴまでつけて(皆さんご存知のワードアートですね)きてくれました。ふだんはそういうレイアウトは無視して掲載するんですが、文章もちょっと詩みたいだし、グラフィックにこだわりのある方のようですので、今回はできるだけ原稿に近いかたちで掲載してみます。
前回に引き続いて受験ネタですが、今度は自分の「道」がわからないピンチ、ですね。子どものころは、周囲がかまってくれます。やりたいことができるように、難しくなりすぎないように、配慮された「教材」。でも大人になると、そうはいきません。やりたいことは、もちろん人によってちがいます。そして、やりたいからといって、必ずやれるというものでもありません。
そうした現実に最初に触れる機会の1つが受験です。志望大学に入学できず、やむを得ず別のところに入る人は少なくありません。名無し7号さんは、そういうことがあっても、その先できっとまた面白いことがみつかるよ、といいたいのでしょう。確かに、そういうことはよくあります。今不本意な思いでいる人も、たいていの場合は、そう思わなくなる日がきっときますので、少しだけ気を楽にしていいと思います。
ただ、現実を直視しなければならない機会は、大学入試だけでは終わりません。むしろ、その後のほうが本番で、職業選択においては、もっと条件は厳しいかもしれません。希望の会社、希望の職種が狭き門である場合も多いでしょうし、仮に望みがかなったとしても、同じ状況はその後ずっと続きます。希望するような仕事ができる保証はありません。不本意な職場で、不本意な仕事をいやいやさせられてうんざりしている人は、たくさんいるはずです。大人になるということは、基本的にはそういうことです。
では、大人になることはつまらないことなのでしょうか。希望する仕事ができなければ、つまらない人生が続くのでしょうか。私は、そこが「分かれ目」だと思います。
一見つまらない仕事にも、どこかに面白く思える部分が潜んでいるかもしれません。ちょっと工夫すれば、面白く変えることができるかもしれません。今は面白くない仕事しかなくても、そのうち面白そうな仕事のチャンスが舞い込んでくるかもしれません。舞い込んできそうもなければ、別の仕事を探すこともできるかもしれません。
大人は、巣の中で口をあけて親鳥が運んできてくれるえさを待っているだけのひな鳥ではありません。おいしいえさがなければ、自分で探しにいくのです。おいしいえさは競争が激しいでしょうし、そうでないえさはあまりおいしくないでしょう。自分と折り合いを付けて方向転換したり、周囲をよりよい方向に変えていこうとしたりする努力が必要かもしれません。どうするかを決めるのは、最終的には自分です。
大事なことは、そうした一連のプロセスを楽しんでできるかどうかだと思います。楽しんでできる人は、そうでない人と比べて、よりよく「えさ」をとることができるかもしれませんし、仮にそうでなかったとしても、「楽しむ」こと自体の価値は享受できます。名無し7号さんが見つけた「おいしいえさ」も、どこにあるかを見つけるのが大変だったり、競争が激しかったりするかもしれませんが、「楽しむ」ことを忘れないでいてください。歳をとれば、誰でも「大人」にはなります。でも、せっかくなら、楽しく日々を過ごせる大人になっていただきたいと思います。
せっかくですから、文章に出てきた動画もここに貼れたらいいんですが、残念ながらわからないので、何か別のものを貼っておきましょう。個人的に、こんな動画が作れたらいいなと思ったものを2つほど。こうした作品を作るのは、プロだけではありません。最近は技術の進歩などもあって、アマチュアでも努力と才能次第ですがかなりのものを作ることができます。これらを作った人たちが本当の意味で「素人」かどうかはよくわかりませんが、少なくとも商業ベースのプロが仕事として作った作品ではないことはまちがいないと思います。
1つはYouTubeから。「スター・ウォーズ」のファンムービーはたくさん作られてますが、これはかなり有名ですね。メイキングのDVDが売られてます。
もう1つはニコニコ動画から。名作ゲーム「Mother」の中の曲にオリジナルの歌詞をつけたものです。シンプルな作りですが、絵も音も、もちろん歌もよくできています。
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コメント
いつも興味深く読ませていただいております。
ふと思うのですが「人生最大のピンチ」って「1つだけ」ではないのでしょうか?
「最も大きな=頂点=1つ」ということで…。
それぞれ違う面でそれぞれの「一番」ということなのでしょうが…自分は何か違和感を感じてしまいます…。
投稿: R.M | 2009/03/28 10:39
R.Mさん、コメントありがとうございます。
「人生最大のピンチ」と自分が考えているものについて書く、というのが出したテーマでした。実際にそれがどんなものであるかについては特に制約をつけていないので、人によっていろいろな場合があるだろうとは思います。
とはいえ、書いているのはせいぜい18年ほどしか生きていない若い人たちですから、それまでの間の「最大」が人生最大であるという可能性はむしろ低いでしょうね。
投稿: 山口 浩 | 2009/04/02 09:43