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2009/07/03

新ゼミ生課題作品:エッセイ「私の人生最大のピンチ」13

駒澤大学GMS学部山口ゼミでは、2009年度ゼミ生募集に際し、課題作品の提出を求 めました。ここでは提出作品を順番にご紹介しています。エッセイ部門の課題は「私の人生最大のピンチ」です。これは名無し10号さんの提出作品です。
(担当山口)

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それは、中学2年生の春だった。野球の練習中のキャッチボールの時に肘に痛みを感じた。肘は次第に痛くなり、ほとんどボールが投げられなくなってしまった。

嫌な予感がよぎった。少年野球チームで一緒だった友達が肘を壊し手術をしたことが脳裏に浮かんだ。彼はのちに投げられるようになるのだが、復帰するまでには1年以上もかかった。また、つい先日前にチームメイトの一人が肘を壊し長期離脱していた。自分も同じ運命を歩むかもしれないと思った。

整形外科に行き診察してもらうと、肘の骨が削れていた。何とか手術は免れたものの、3ヶ月はボールを投げることはもちろんバットも振ることも出来なかった。しかもそれ以上かかることもあるという。

自分が野球を始めたのは小学校2年生のときだった。以来、怪我は多かったものの完治するまでに長くて2週間くらいだった。初めてあじわった長期離脱。治るまでいったいどのくらいかかるのか。治っても技術面のブランクは?後遺症は?いろんなことが頭にうかんだ。

自分は高校に入学してからも野球を続けようと思っていた。学生生活のほとんどを野球に費やそうと考えていた自分にとってこの怪我は私の人生最大のピンチだった。この時から自分とこの肘の痛みの戦いが始まった。

まずやることは肘を休めることだった。ボールを一切投げない、バットも振らない、鍛えるのは下半身中心。練習中は他の人のサポートと走りこみだった。徹底的に肘を休ませた。

そのため定期的に行く病院での診断では日に日によくなっていった。3ヶ月ほどたつとバット振ることが許可された。また次第に球数制限があったが軽くボールも投げ始めた。それと同時に衰えていた肘の筋肉を鍛えた。バットを振ったときの痛みはなくなり、投げてもその痛みは軽減され球数制限も徐々にとれていった。

中学2年生の夏、先輩たちが引退すると自分たちの代が始まった。新チームの最初の試合で自分は先発出場した。そのころにはほとんど投げられるようになっていていた。しかし肘の痛みはその後もつきまとった。疲労がたまると痛みはじめ思った以上のプレイが出来なかった。また怪我する以前より遠投が飛ばなくなり技術的にも衰えがあった。なんとか野球を続けるためにも自分は肘をささえるインナーマッスルを鍛えることで痛みを軽減させた。

高校入学後も野球部に入り野球を続けたが痛みは完全になくなることはなかった。もはやこの痛みは癖となり自分の持病になっていた。

高校2年生の春、二回目のピンチがおとずれた。キャッチボールの基本とも言われる塁間の距離が投げられないほどの痛みだった。再び長い間、野球が出来なくなった。正直本当に野球を辞めようと思った。いくら休んでも、いくら筋肉を強化しても痛みは治まらない。いやけがさしていた。

しかしチームメイトの支えや自分の野球に対する好きな気持ちなどから踏みとどまった。この時の仲間の支えは大きかった。自分のこと信じて支えてくれた仲間がいたからこそこの危機をしのぐことが出来たのだ。

そして再び野球をやるために肘を治療した。このピンチをいかそうと肘を使わない間ピッチャーに混じって走りこみやトレーニングをして下半身を鍛えた。体力もともに上がり野球をやるための体になっていった。そのためバッティング向上につながった。そのバッティングを評価されメンバーに選ばれ最後の大会に出ることが出来た。ピンチをチャンスに変えられた瞬間だった。

結局最後まで肘の痛みがとれることはなかった。まわりの人からみたら人生最大のピンチを脱してないと思われるかもしれない。しかし肘を怪我してから5年間、途中何度か離脱したものの最後まで野球を続けることが出来た。この事実がピンチにうちかった結果だと自分は思っている。

もし怪我していなかったらってもっと上手くなっていたのかなと思うときもある。しかし怪我したからこそ見えてくるものがあった。このピンチから学んだこと、「困難が目の前にあろうともあきらめず立ち向かうべきだ」。そして自分がピンチの時に助けてくれる仲間がいたこと。怪我したことは運命であり、野球の神様が大切なことを教えさせてくれたのかもしれない。このピンチで学べたことと大切な仲間をこれからの人生で大事にし、生かしていきたい。

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ええ話やん、と某タレント風に言ってみたくなる話ですね。スポーツは結果ではない、とよくいいますが、結果がすべて、ということばもあります。特に選手にとっては、勝敗にこだわるなというわけにはいかないでしょう。それでも、こだわった末に出た結果が何であれ、それを受け入れる必要があります。そうする中で、スポーツの試合より大きな「人生」という試合を戦う力を身につけることができるのかもしれません。



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