こち駒やだニュース005:性犯罪前歴者にGPS携帯義務付けで波紋
こんなニュースあったらやだなという架空ニュースをお届けする「こち駒やだニュース」、第5号です。本件の元ネタはこちらの記事。
「性犯罪前歴者GPS常時監視 宮城知事、条例検討を表明」(河北新報2011年1月23日)
村井嘉浩宮城県知事は22日、県庁で開かれた性犯罪対策を話し合う有識者懇談会の席上、性犯罪前歴者やドメスティックバイオレンス(DV)加害者の行動を警察が常時監視できる国内初の条例制定の検討に入ったことを正式に表明した。衛星利用測位システム(GPS)の携帯を義務付け、必要に応じてDNAも提出させることを想定している。
このマンガはただの冗談ですが、そもそもこの件、冗談ではすまない問題をいろいろ含んでいます。世論は賛否両論といったところでしょうか。犯罪の少ない社会は誰しも望むところでしょう。特に再犯が懸念され、被害者の不安も強い性犯罪やDVに関しては、やむを得ないとか当然だとかいう意見も少なからず聞かれます。一方で、これはやりすぎだとか抜本的な解決にならないとかいう意見もあります。もとより正解のある話ではありません。
GPSの常時携帯を義務付けるのは、当然ながら、監視下に置いて再犯を防ぐため、そして再度犯罪を犯したときにすぐに捕まえられるようにするためです。宮城県の村井嘉浩知事は24日の記者会見で、「周囲に安心してもらいながら前歴者が社会で活動できるシステムをつくるためだ。人権侵害が目的ではない」と強調したそうですが、いうまでもなく、これは建前です。なぜこんな建前を言わなければならないかというと、GPS端末を持たせること自体への疑問の声があるからです。
上で引用した記事は、知事の発言として、米国や韓国にもGPS装着を義務付ける制度があるとしていますが、他の国にもあるようです。ネットで探したいくつかの資料(これとかこれとか)によると、こんな感じでした。
電子監視の事例は1980年代前半の米国にまで遡るそうです。当時米国は刑務所が過剰収容になっていて、その対策として導入された、とあります。90年代に入ってGPSが利用されるようになったようです。
米国で性犯罪者対策というといわゆる「ミーガン法」が有名ですが、あれは性犯罪前歴者の情報を一般に公開する法律で、GPS装着を義務付けているのは2005年にフロリダ州法として成立し、その後18の州に広がったいわゆる「ジェシカ法」(連邦法にはなっていない)と、2006年に連邦法として成立したいわゆる「アダム・ウォルシュ法」です。後者には、DNAを含む個人情報を登録する規定も含まれています。
韓国については2008年9月から制度が実施されています。当初は性犯罪者が対象だったものが、2009年8月からは未成年者に対する略取誘拐犯にも適用されるようになりました。GPS端末は足輪型になっているそうです。その他、フランスで2005年、イギリスで2006年にGPS装着を義務付ける法律が制定されました。イギリスのものは小さなチップを体内に埋め込むというものです。
GPS装着は、犯罪前歴者の情報を当局が取得するというものですが、これとは別に、犯罪前歴者の情報を地域住民等に対して公開するか、という問題があります。米国の場合は、1994年に当初州法として成立したいわゆる「ミーガン法」が連邦法となり、性犯罪者の出所後に、氏名や住所、写真なども含む詳しい情報がインターネットで公開されるようになりました(ただし裁量の余地があり州により状況は異なるようです)。
韓国では、2000年に一定の条件下で情報公開を行う法律ができました。ただし、判決の量刑や被害者の年齢などを考慮して情報公開対象者を選ぶので、全員ではないようです。また住所も市・郡・区までで、顔写真は公開されません。この他、カナダでは連邦レベルで、性犯罪者を登録する制度と、一部の州では一般に情報公開を行う制度があります。フランス、イギリスでは、情報は当局でとどめられ、一般には公開されていないようです。
日本では、2004年に奈良市で発生した小1女児誘拐殺人事件がきっかけとなって、2005年6月から、13歳未満に対する性犯罪受刑者の出所予定日や居住予定地などの情報を、警察庁に提供するようになっていました。一般には公開されていません。ただ、実際には所在が確認できないケースもあるようです。2008年には、受刑者の同意を前提に出所後GPS装着させる案を法務省が検討しているとの報道がありましたが、実現には至っていないようです。
宮城県が導入しようとしている規制について、記事はこう説明しています。
宮城県によると、監視対象とするのは女性や13歳未満の子どもへの強姦(ごうかん)、強制わいせつなどの罪で懲役や禁錮刑を執行された20歳以上の県内在住者。裁判所から接近禁止の保護命令を受けたDV加害者も含める。
専門家の審査委員会が再犯リスクが高いと判断すると、知事は行政処分でGPSの携帯、DNA提出を命じることができる。違反すると罰金を科すが、県外に移動すれば条例は適用されない。
性犯罪前歴者には、警察署ごとに設置する「地域行動支援委員会」(仮称)に行動記録を提出することも義務付ける。
「GPSを付けている、DNAを採取したという情報を外部に出せば、プライバシーを大きく侵害する。『そこまで情報公開しろ』という声もあるが、それはやり過ぎ。最低限のプライバシーを守りながら、犯罪抑止に一歩踏み込んでみたい」
(中略)
「まだ議論のたたき台を示した段階。懇談会委員の意見を採り入れて修正し、3月末に条例化するか決めたい。目標としては2011年度内に県議会へ条例を提案したい」
こうしてみると、宮城県が打ち出した方針は、国際的に主流とまではいかないでしょうが、有力な国のいくつかや、近隣の国で導入例があり、また日本でも政府が検討していたわけですから、全国初とはいえ、まったく独自の動きというわけではありません。
とはいえ、実際に条例化するとなれば全国初であるわけですから、そのような制度が必要なのか、有効なのか、また弊害はないのか等、大きな議論を呼ぶことになるのは確実です。
制度の必要性については、性犯罪者の再犯率が高いという指摘がなされています。性犯罪者の再犯の問題を取り上げて大きな話題を呼んだ「犯罪白書(平成18年版)」には、次のような記載があります。
調査対象者のうち,出所受刑者の再犯率は,39.9%(満期出所者では63.3%,仮釈放者では30.8%)であり,性犯罪再犯率は,11.3%(満期出所者では19.1%,仮釈放者では8.3%)であった。
つまり、性犯罪を犯して刑に服し、出所した者のうち39.9%がその後再び何らかの犯罪を、11.3%が再び性犯罪を犯している、ということです。この統計が発表されたとき、「性犯罪者の再犯率は4割」という衝撃的なニュースとして伝えられた記憶がありますが、性犯罪に限ると約1割強ということになるわけです。もちろん1割でも低いとはいえないかもしれませんが、「4割」という数字が踊った報道のされ方は、少しセンセーショナルになりすぎていたきらいがあるともいえます。
また、ここでちょっと気をつけなければいけないのは、犯罪白書で一般的にいうときの「再犯率」は、出所者に対する割合ではなく検挙人員数に対する割合だということです。この方法で計算した性犯罪者の再犯率を平成19年の犯罪白書でみてみると、再犯率は30.0%、性犯罪再犯率は5.1%です。ちなみに、他の犯罪についてみると、平成18年の一般刑法犯検挙人員中の再犯者は38.8%です。同一犯罪の再犯率で最も高いのは覚せい剤取締法の29.1%、窃盗の28.9%、傷害暴行の21.1%、風営適正化法の20.8%と続きます。これらと比べると、性犯罪の再犯率は必ずしも高いとはいえません。つまり、平成18年版年の白書では、性犯罪の再犯率を高く見せるような計算上の「工夫」が意図的になされていたということです。もちろん絶対水準として低いとはいえないでしょうが、少なくとも他の犯罪と比べて特別視しなければならないのかという論点はありうるでしょう。
米国でも韓国でも、そして日本でも、この種の規制が導入される際は、何か悲惨な事件が起きていて、それを契機にしています。そうした際には「こんな犯罪を許してはならない」という主張が強い説得力をもつので、慎重な意見はなかなか通らなくなります。それが必ずしもまちがいだとはいいきれませんが、こうした、ある意味「冷静さ」を失いがちな状況では、いっそう注意して考える必要があるでしょう。
では、こうした制度は有効なのでしょうか。冒頭で紹介した記事では、知事が他国の例について「再犯防止に大きな効果を上げている」としていました。実際、2009年当時の韓国法務部の報告では、GPS装着者で再び性犯罪を犯したのは0.21%で、一般的な性犯罪における同種犯罪の再犯率5.2%を大幅に下回る等の効果を上げている、とあります。ただ、韓国の制度では同時に、GPS装着者に対し最低月4回、保護観察官との面談を義務付け、また性暴力治療プログラムの履修、児童保護地域への出入禁止、夜間外出制限などが課されています。GPS装着を義務付けること以外にもさまざまな対策がとられていて、そうした取り組み全体の効果とみるべきかもしれません。
弊害はどうでしょうか。韓国の例では、GPS装着によって保護観察官との信頼関係が崩れてしまうのではないかとの懸念があったようですが、2009年時点の報告では、そうした現象はあまりみられないとしています。弊害ということでは、むしろ一般への情報公開の方が問題かもしれません。性犯罪前歴者であると周囲に知られることが、前歴者の日常生活に大きな影響を及ぼしうるからです。
つまり、一般への情報公開が前歴者の更生をむしろ妨げ、再犯率を上昇させるのではないか?とう疑問です。実際、米国では、ミーガン法によって情報を公開された犯罪者のほうが、そうでない犯罪者よりも再犯までの期間が短いとする研究があるそうです。また、情報公開により本人だけでなく家族など周囲の人々も批判や糾弾の対象となること、まちがって情報公開された場合や、勘違いされた場合の被害(実際韓国では、住所が特定されないため、同名の人があらぬ疑いを受ける事例が報告されているようです)、前歴者の居住地を公開されると当該地域の地価が下がる等の損害も懸念されています。
また、刑期を終えたのにGPSを装着させられるのは二重処罰であるとの批判(刑罰を重くしたいなら刑期を伸ばすべきだというわけです)、他の犯罪者とのバランス(性犯罪だけがGPS装着や情報公開の対象となるのはおかしい)、といった議論もあるようです。
この点からいうと、宮城県の方針は、報道によればGPS装着とDNA採取を義務付けるものの一般には情報は公開されないというものだそうですから、情報公開に伴う問題は気にしなくていいのかもしれません。
とはいえ、懸念は残ります。私が懸念しているのは、次の3点です。
(1)監視するためのコスト負担
GPSを装着させて常時監視するということは、常時監視するスタッフをはりつけなければならないということです。そのためのコストは当然県が負担しなければならないわけですが、県はその用意はあるのでしょうか。2009年中に宮城県内で起きた性犯罪は206件だったそうです。このすべてが監視対象者とは限りませんし、再犯者もいるでしょうから、対象者が総勢どのくらいの人数になるかわかりませんが、それなりの人数のはずです。さらに、常時監視するということは、何か疑わしい状況があったら現場に行く、といった対応も求められるのは自然な流れです。何せ情報は一般には公開されないのですから。GPSを携帯している前歴者が再犯に至ってしまったら県警が何と批判されるか、考えているのでしょうか。つまり、県警本部に何人か充てればいいという話ではなく、現場も含めて体勢を整備しなければなりません。性犯罪防止対策に手をとられて他の犯罪が増加しました、などという話があっては本末転倒だからです。そこまで覚悟した上での方針ならいいのかもしれませんが、実際どうなのでしょうか。
(2)監視に伴う「リスク負担」の歪み
ひょっとすると県は、県内在住の前歴者にGPS装着を義務付けることで、前歴者の県外転出を促す効果を期待しているのかもしれません。しかしそれは単にリスクを他都道府県に押し付けるものにすぎません。さらに、県警がつかんだ情報は一般に公開されないのですから、何か危険があったときに対策をとるのはひとえに県警の仕事ということになります。当然、県民の県警への期待は大きく上昇するでしょう。その結果、県民の防犯意識がむしろ下がってしまうおそれはないでしょうか。あるいは逆に、一般には公開されないはずの前歴者情報が、「何らかのかたち」でインフォーマルにリーク(警察という組織ではよくありそうな話ではないでしょうか)された場合、前歴者を過剰に追い込み、かえって再犯に走らせてしまうことにはならないでしょうか。初犯を防ぐ取り組みが不充分になってしまったりしないでしょうか。本来、性犯罪防止は、GPS装着のみによって行うものではなく、地域住民1人1人の意識向上や、前歴者へのケアや社会の受け入れ態勢も含めた総合的な対策が必要なはずです。GPS装着条例が、むしろこうした動きを阻害してしまう懸念はないでしょうか。
(3)今回の方針の出され方
上の(2)のような懸念を持つのは、読売新聞の記事で、「県は「条例制定は憲法の範囲内で、自治権で出来ること」(村井知事)として、法務省や警察庁など国との調整にも着手していない」、「条例制定後には実務を担う県警に対しても、詳細な制度設計について事前に相談や調整した形跡は見あたらない」などとあるからです。どうもこの件、周到に準備されたものというよりは、知事の思いつきないしスタンドプレーに近いものであるような印象を否めません。
宮城県は、2009年2月の報道によれば、県内で前年1年間に起きた性犯罪の発生率が、全国ワースト5位(大阪、東京、福岡、京都に次ぐ)だったそうです。刑法犯全体では全国19位で、要するに性犯罪の発生率が絶対的にも相対的にも高いというわけです。知事の方針は、おそらくこれへの対策として打ち出したものなのでしょう。知事は2009年10月に知事選で再選されたわけですが、その際に公約として出したのかもしれません。一般の人々に耳障りのいい、あるいは威勢のいい政策をぶち上げるのはよくあることですが、その割には、こうしたさまざまな論点を含む条例案について事前の調整なしに発言しているのであれば、これまであまりきちんと準備していなかったのではないかとの懸念を持ってしまうのはむしろ自然ではないかと思います。
この件について、県民の皆さんはもっとよく事情をご存知なのでしょう。この問題は、宮城県だけの問題ではありません。もし条例ができれば、全国になんらかの影響を与える可能性があります。ぜひ慎重に議論していってもらいたいものだと思います。私はGPS装着自体に必ずしも反対するものではありません。ただそれは、あくまで必要性、有効性、弊害等をきちんと検証していった上でのことであるべきです。またそれは、総合的な対策の一部であるべきで、それだけが政策の「目玉」として話題が先行するようなものであってはならないと思います。
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