« こち駒やだニュース006:ニート対策は小学生から | トップページ | 駒伝弐 最終回! »

2011/02/04

こち駒やだニュース007:相撲協会、公益法人認可取り消しも

こんなニュースあったらやだなという架空ニュースをお届けする「こち駒やだニュース」、第7号です。本件の元ネタはこちらの記事。

協会解散、国技館没収?「公益法人」剥奪も…」 (スポニチ2011年2月4日)
大相撲の八百長メール問題で新事実が発覚した。竹縄親方(元幕内・春日錦)、十両・千代白鵬(九重部屋)、三段目・恵那司(入間川部屋)の3人が八百長関与を認めたことが明らかになり、新たに幕下・霧の若(陸奥部屋)の関与も判明した。八百長の存在は否定できないものとなり、高木義明文部科学相らは現行の財団法人認可取り消しの可能性を示唆。日本相撲協会は解散、両国国技館などの財産没収の危機に陥った。

Kochikomanews007_001

引用した新聞記事はスポーツ新聞ですので少々おおげさに書いていますが、相撲界にとって激震にはちがいないでしょう。八百長自体は違法ではないそうですが、ファンの期待を裏切る行為だということで強い批判を浴びています。

もともと相撲は神事から来ているわけで、純粋な意味でスポーツと呼べるのかとか、議論の余地もなくはないとは思いますが、まあ、あまりほめられた行為ではないというのが一般的な考え方なのでしょう。スポーツという観点からいえば、それはフェアプレーではない、というわけです。

とはいえ、考えてみると、何がフェアプレーかというのは、いろいろな場合があるのではないでしょうか。たとえば上のマンガでネタに使ったプロレスでは、「受けの美学」というのがあるそうです。つまり、相手が技をかけてきたら、それを阻止しようとするのではなく、むしろそれに乗って技をかけられてあげるわけです。その上で、その痛みやショックに耐え、今度は自分から技を繰り出して勝つということが真の強さだという考え方だそうですが、相手に技をかけやすくしてあげることは一方でショーとしての見栄えをよくするという目的もあるはずです。

また、相手が不可抗力で陥った不利な状況に乗じて攻めることをよしとしない、という考え方もあります。サッカーで、プレー中にゴールキーパーが倒れてしまったためがら空きになったゴールに、あえてシュートしなかった事例があるそうです。他のスポーツでも似た例はあるでしょう。

もちろんこれらは八百長ではありません。ただ、何をもってスポーツマンにふさわしいフェアなプレーかというのは、それほど単純な話ではない、といえるのではないでしょうか。力士が地位や収入を維持するために他の力士から勝ち星を買うという行為がフェアであると考える人はほとんどいないでしょうが、もしここでお金のやりとりがなく、ただ手加減したという場合はどうでしょうか。手加減するつもりはなくてもつい手が鈍ってしまったという場合はどうでしょうか。ぎりぎりで勝ち越せば、それはそれなりにドラマチックではあります。不可抗力に乗じてシュートをすることをやめれば、その選手の人気が高まるかもしれません。プロレスの場合も、反則技を得意とするレスラーがいたりするようですが、それが許容されているのは、反則も含めた全体を、観客が楽しんでいるからです。

疑ってかかるのもどうかとは思いますが、要するに、少なくともプロスポーツの場合、観客がどう思うかは、プレーのスタイルを決めるうえでけっこう大きな要素になるのではないかということです。そしてそのプレースタイルは、各選手、あるいは各スポーツ全体として、観客との「暗黙の合意」の下に形成されていくのではないでしょうか。相撲の場合も、ある意味そういう流れの中にあったのだと思います。勝ち越しがかかった力士が勝つ確率が高いことは以前から経験的に知られており、レヴィット&ダブナー著「ヤバい経済学」では数字で検証されています。熱心なファンなら、うすうす感づいていたはずです。

とすると問題は、日本相撲協会が財団法人という公益法人であることで、つまりさまざまな税の優遇などを受けているということに集約されるのではないか、と考えます。公益法人の認定は、それなりの公益性があってのものというのが当然であるわけで、もし八百長が組織的で、それを放置している組織なのだとしたら、そこに公益性が認められるのかという疑問は、むしろ当然といえます。

その意味で、日本相撲協会も、営利団体になった方がいいのかもしれません。営利団体であれば、そこでどんなプレースタイルがとられようが、その是非は観客が判断してくれます。見ていて嫌なら見なければいいだけです。その上で収入が減って存続できそうになければ、スタイルを変えるか、消え去るかを選択することになるでしょう。相撲すべてが消え去ることはないと思います。日本相撲協会は1925年にできた団体ですが、興行としての相撲自体は江戸時代からありました。これだけ人気のある相撲ですから、相撲協会の存廃にかかわらず、生き続けるでしょう。独自の文化ではありますが、無理をして支える筋合いのものでもないように思われます。

逆に、相撲はスポーツではなく伝統芸能であると位置付けて、勝敗も真剣勝負の結果ではなく「踊り」の型のようなものだということにするという手もあります。そうすれば、公的な支援はより受けやすくなるでしょう。

当然、これらは極論です。しかし、もしこういう方向へ行きたくないのであれば、逆にこの極論を受け入れるぐらいの覚悟で、改革に取り組んでいただきたいと思います。今回のできごとにもめげずせっせと国技館などへ足を運んだり、テレビの前に陣取ったりするであろうたくさんのファンのためにも。


|

« こち駒やだニュース006:ニート対策は小学生から | トップページ | 駒伝弐 最終回! »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: こち駒やだニュース007:相撲協会、公益法人認可取り消しも:

« こち駒やだニュース006:ニート対策は小学生から | トップページ | 駒伝弐 最終回! »